関学の講義が終わりました。

関学の「現代社会学特論D−観光社会学を学ぶ」が今日で終わりました。


みんな、楽しかったと言ってくれて嬉しいです。そういってもらえる瞬間、講義を工夫して考えて良かったなあと思います。

結構たくさんの関学の学生さんに、「ゼミを持ってほしい」と言ってもらいました。非常勤先にもかかわらず、そんなことを言ってもらえるなんて、本当に光栄なことだと思います。ありがとう。



私の方も、終わるのは、とてもさびしい感じがします。

受講者のみなさん、ありがとう!!!




最近、三回生のゼミで思うこと。
(もちろん全員に対してではないです)


「何をするのですか?」ではなく

「何をしましょうか?」と言ってね。


どこが違うかと言うと、
「何をするのですか?」は僕にゆだねている言い方であるのに対して、
「何をしましょうか?」は、ゼミですることを
自分自身が誰よりもまず引き受けた言い方であるということ。

引き受けた上で相談する言い方なのが、
「何をしましょうか?」です。

相談するのは、まったく構わない。


ゼミはみんなが主役なんだから。


ゼミでは、「主体的である」ことが大切なんだ。

日程を決めることも同じ。
その日が無理なら、それでもOK。
だって一人一人に予定があるのは当たり前のことだから。
そんなことが問題ではなく、


「無理なら、じゃあ、みんなどうする?」


この主体的な一言を心から普通に言うことが
とっても、とっても大事なのです。


その上で、自分たち自身がきちんと話し合って、
譲れるところは当然譲る。
譲れずにどうしてもダメなところは、
自分の想いをきちんと相手に伝えて、
なおかつ「ゴメン」と言う(たとえば「用事があるので」ではなく、どういう用事でダメで、その用事が自分にはなぜはずせないのかということです。自分の想いを、きちんと相手に伝えるためにディスカッションの練習をしているのです)。

ただ、それだけです。
大人の私からすると、実は、これ当たり前すぎることなのです。


だから、これは、大学という世界だけでなく、
仕事も含めて、
もっと広い、これから自分が人生を切り開いていく世界で
一番大切な言い方なのです。


遠藤ゼミでは、必ず、このことを学んで卒業してもらいます。
もちろん知識も大切だけれど、
それだけではなく、自分で判断しながら
主体的に動ける人間になってもらうことが
遠藤ゼミの目標です。


四回生も、卒業生も、
このことをみんな学んだのです。


私は今でも、みんなのことが教員として大好きです。
それに時には、
まるで子どもみたいに感じることもあれば、
おいやめい、
年の離れた弟や妹のように思うこともあります。
しかし、
上のようなことが、
メンバー全員に身に付いたとき、
ただ大好きなだけでなく、
私はみんなのことを、とても誇りにも思うでしょう。