母への誓い。

母は、私と同じ体質で昔から高血圧で、
少し前に脳梗塞で、
トイレで倒れ、
救急車で運ばれ、
一度事なきを得ていました。


しかし私に言うと、
私が心配して、
仕事にさしつかえるからと
言わないでいたようです。
葬儀のときに、そのことを聞いて泣きました。



私を心配させるようなことを何も言わない母でしたが、
この1月に東京に仕事で泊まったとき、
帰り際に何か自分でも感じていたのか、
「もう帰っちゃうのかあ」と冗談めかして、
子どもの頃と同じように
ぎゅっと私を抱きしめてきました。
どうしたのかなと心配していましたが、
それが母と直接に会った最後になりました。



人のことばっかり考えて、
でも気はきつくて、
負けん気で、
何でも自分でやらないと気がすまないたちで、
そして、法名で「麗」の字がつくくらい
おしゃれで、ベージュの色が好きでした。
子どもの頃、同級生の女の子たちから
「遠藤くんと違って、お母さんはとっても綺麗」と
言われて、「うるせー」と怒っていましたが、
実は、それが私の自慢でした。



芯が強くて
優しくて、
おしゃれで、
母自身、自分の大好きだった花のような人でした。



私もまた、母が大好きだった花のような人間になろう
それが告別式で柩の母に誓ったことです。



今より、
もっと、もっと優しくて、
もっと、もっと強くて、
もっと、もっと心の美しい、
ふわっと柔らかいけれど、
凛とした、そして見る人もまた元気にさせる、
あなたが大好きだった花のような人間になるね
そう母に誓いました。




直接、あるいはメール等で
たくさんの励ましのお言葉を頂いたように、
母を忘れることはできないし、
今でも結構つらいですが、
それで良いのかなと思い始めています。



それでも、自分でもかつてブログで書いていたように
10年、20年、30年、40年経てば、
そんな大好きだった母のことも、
どんな声だったかなあ
どんな顔だったかなあと
せつないことですが、忘れていくでしょう。
そうなのだとすれば、
それまでは、精一杯、母のことを覚えておいてあげて、
その悲しみを大切にして、それと一緒に
自分自身が少しずつでも
花のような人間になりたいと思い始めています。