クールさが違うかたちで...。

基本的に地域づくりをはじめ
いろいろな立場に対して、
私はかなりクールだと思います。


地域づくりを一緒にやって頂いているAdaさんも、
「いま、かなり面倒くさいなと思い始めているでしょ?
顔見たら分かりますよ」と
よく私に指摘して、私が苦笑することがあります。



奈良をはじめ、特定の地域や立場に根づく人間ではなくて、
私は根無し草の、かなり「都会っ子」なのだと思います。
ですから、この曲もかなり好きです。


思い出がいっぱい詰まった景色だって また
破壊されるから 出来るだけ執着しないようにしてる


というところなんか、かなり共感します。
たとえば幼い日々に母親と過ごした思い出が
いっぱい詰まった景色が
もしなくなったとしても、
心にわきあがる「ざわざわ感」を
多分、押さえ込んでしまうような
クールなところが自分にはあります。


でも、ややこしいのは、その一方で、
奥さんに言わせると、まあ適当に優しくて、
不器用に律儀で、すべてを断ち切れない
そんな部分もあるということです。
同僚の先生方にも
「真面目過ぎる」と言われてしまうことがあります。


好い加減が精神的には一番なのに...。


そのためクールさが違うかたちで、ばーっと出てきて
知らないあいだに人の大切にしているものを
傷つけてしまうときもあるようです。
若い頃はとくにそういう傾向がありました。
よく意識して気をつけておく必要があると
最近では思っています。


ですので、奥さんや亡くなった母親が
私のことを「優しくて格好いい」と
思ってくれるかどうか、
ゼミの学生さんが
「この先生は自分を大事にしてくれている」と
思えるかどうか等々を最近、
行動の基準にしています。
そういうものだけが結局、
私の「根」なのではないでしょうか。



というわけで、この曲も最近、
自分の中で再浮上気味です。


交差点 信号機 排気ガスの匂い
ラクション 壁の落書き 破られたポスター


うーむ。これら全部、好きです。
やっぱり、かなり「都会っ子」だな。
コンクリートの手触りにぬくもりを感じてしまうからな。