「自由」で「楽しい」とは?

今日は3回生ゼミの食事会でした。
いろいろな都合で欠席された学生さんもいましたが、
15名くらい参加して、とても楽しい会でした。
ぜひまたやりましょう。
今回欠席された人も次は楽しみましょう。
私も会議で一時間くらい遅れてしまいましたが、
次は最初からいたいと思います。



今日は会議の前には、授業で3回生ゼミもありました。
こちらもかなり面白いです。
今回はエコツーリズムとお笑いについてでした
(学生さんの関心に応じて、その都度これは変わります。
その前はメディアとキャラ化、アジア経済と文化外交と
一週間に2冊ずつ読みます)。
エコツーリズムとお笑いについて、二人がそれぞれ、
一冊の本を読み、その本に関してびっしりA4で4枚のレジュメを作成し、
それを、ただ読み上げるのではなく、
適切に要約しながら皆に伝えてもらいます。
さらに、そこから皆が全員で
ディスカッションに参加するというものです。
聞く方も発表者のことを適切に理解しないといけませんし、
どのようなテーマにも自分にとって、
何か興味深い点を見つけて
話をしないといけませんから、
これをやると、かなり鍛えられると思います。
当然ですが、私は、
学生さんがレジュメを作成している本は
推薦する前に、すべて読んでおかなくてはならないので、
ちょっと、時間がなく、つらいときもあります。


日本エコツアー・ガイドブック

日本エコツアー・ガイドブック


お笑い進化論 (青弓社ライブラリー)

お笑い進化論 (青弓社ライブラリー)


メディアと日本人――変わりゆく日常 (岩波新書)

メディアと日本人――変わりゆく日常 (岩波新書)


キャラ化するニッポン (講談社現代新書)

キャラ化するニッポン (講談社現代新書)


消費するアジア - 新興国市場の可能性と不安 (中公新書)

消費するアジア - 新興国市場の可能性と不安 (中公新書)


アニメ文化外交 (ちくま新書)

アニメ文化外交 (ちくま新書)



ただ、それは「伸びやかな自由」の中で、
遠藤ゼミでは展開されるように目指しています。
だから結構、ほのぼのとしていると思いますし、
笑いも起こります。



「自由」で「楽しい」とは決して
「どうでも良く」「楽」ということではありません。

たまに遠藤ゼミ以外のところで、ちょっと誤解があるようなのです。



じゃあ、「ゆるい」ということ?
(「ゆるい」「ぬるい」という言葉自体は、
どちらかと言うと、あまり好きではないのですが)
「ゆるい」というのは半分正しくて、半分間違っています。



「ゆるい」のは大事なことです。
えっ?と思うかもしれませんが、
「ゆるくない」社会学なんて魅力ないのではないでしょうか?
ただ、その場合「ゆるい」というのは、
「視点の柔軟さ」という意味でです。
あるいは、自分一人が特権的に客観的ではないことを意識し、
自分も社会の中にいて、自分を含めた社会の何かを見ないといけない
「自己反省性」という意味でです。
さらに「ほのぼのとしている」ことが
「ゆるい」ということなら、
それも、そうかもしれません。
でも、決して「楽」という意味ではありません。



「ゆるく」なく、がちがちに、
これが「正しい」方法、
これが「正しい」やり方だから、
こうしなさいというのは、
その方法、やり方しか
認めませんよということだと思うのです。



でも社会学は違います。
「正しい」って言うけど、
じゃあ「正しさ」の基準は?
どのレベルでの「正しさ」?
いつ、どの場所で、誰にとって「正しい」の?
そもそも「正しい」ということで何かを問題視することは、
どういう社会的コンテクスト(文脈)のもとであり得ることなの?
そんなことを問いつつ、読んでいる本の著者が持つ意見を
絶対視したりしないで、それでも、
ただ懐疑的になって終わるのではなく、
「常識をうまく手放しながら」(佐藤俊樹さんの言い方です)、
人と語らい(ここは、遠藤ゼミの結構ポイントになります)、
どこかに「社会的な」着地点(「正しい」着地点ではなく)を
「自分で」見出し、「自分の立場で」創りだしていく

それが社会学、いや少なくとも遠藤ゼミでは大事だと思うのです。
「自由」「楽しさ」は、
そうしたところに紡がれていくと私は思うのです。




社会学の方法―その歴史と構造 (叢書・現代社会学)

社会学の方法―その歴史と構造 (叢書・現代社会学)



さらに言えば、ゼミも大切なものですが、
でも自分たちにとって大切なことは
学生生活においてたくさんあって、
ゼミもワン・オブ・ゼムだくらいに
相対化して考えてもらいたいと願っています。
大切なことがたくさんあるっていうことが重要だと思います。
もちろん、それは、繰り返し言っているように、
「ゼミがどうでも良い」ということでは決してないので、
そこははずさないでほしいのですが...。